「修理する権利」とは何か

「修理する権利(Right to Repair)」とは、製品の所有者が、メーカーの正規サービスに限定されることなく、自分自身で、あるいは独立系の修理業者に依頼して製品を修理できる権利を指します。具体的には、修理部品・専用工具・修理マニュアル・診断ソフトウェアなどへのアクセスを、メーカーが消費者や独立系修理業者に対して合理的な条件で提供することを求める考え方です。

「修理する権利」が対象とする範囲は、時代とともに広がってきました。当初はスマートフォンやパソコンといったデジタル機器が議論の中心でしたが、現在では洗濯機や掃除機などの家電、トラクターなどの農業機械、医療機器や車椅子、さらにはゲーム機やスマート家電まで、ソフトウェアと結び付いたあらゆる製品が射程に入っています。製品の電子化・ソフトウェア化が進むほど、メーカーによる修理の技術的な囲い込みが容易になるため、法的な対抗措置の必要性が高まるという構図です。

この概念が生まれた背景には、デジタル機器の高度化に伴い、メーカーが修理市場を事実上独占してきたという問題意識があります。特殊ネジの採用、部品のシリアル認証(パーツペアリング)、マニュアルの非公開といった手法により、正規サービス以外での修理が困難になり、修理費用の高止まりや「修理より買い替え」の誘導が起きているとの批判が、消費者団体や環境団体から繰り返し提起されてきました。

修理する権利の法制化は、消費者保護と環境保護の両面から正当化されています。修理へのアクセスが改善されれば、消費者はより安価に製品を使い続けられ、同時に電子廃棄物(e-waste)の削減や資源循環にも貢献します。まさにサーキュラーエコノミー政策とサステナブル消費の接点に位置する制度と言えます。

EU指令と2026年の国内法整備

修理する権利の法制化で最も先行しているのがEUです。EUは2024年7月に「修理する権利指令(Right to Repair Directive)」を公布し、加盟各国は2026年7月31日までに国内法を整備することが義務付けられました。2026年前半の現在、ドイツをはじめ主要国で国内法化の作業が大詰めを迎えており、まさに今年は「修理する権利元年」とも呼ぶべき節目の年になっています。

EU指令の柱は多岐にわたります。メーカーは対象製品について、修理部品や修理マニュアルを合理的な価格で提供する義務を負い、保証期間終了後も修理サービスの提供が求められます。また、修理を選んだ消費者への保証期間延長、修理価格の透明化を促す欧州共通の修理情報フォーム、修理事業者を検索できるオンラインプラットフォームの整備なども盛り込まれています。

指令の対象となる製品カテゴリーは、洗濯機、食器洗い機、冷蔵庫、掃除機、スマートフォン、タブレットなど、エコデザイン規則で修理可能性要件が定められた製品群から始まり、段階的な拡大が予定されています。修理義務の期間や部品価格の「合理性」の判断基準など、実務の詳細は各国の国内法と運用に委ねられる部分も多く、2026年後半から始まる各国での執行段階が、制度の実効性を測る試金石になると見られています。

これに先立ち、フランスは2021年からスマートフォンや洗濯機などに修理可能性指数(リペアラビリティ・インデックス)の表示を義務付けており、製品の「修理しやすさ」を点数で見える化する取り組みが定着しています。エコデザイン規則との組み合わせにより、EUでは「修理しやすい製品しか市場に出せない」方向への転換が着実に進んでいます。

「修理する権利」法制化の主な歩み

  • 2021年フランスで修理可能性指数の表示義務がスタート。スマートフォン・ノートPC・洗濯機などが対象に
  • 2022年米ニューヨーク州で「デジタル公正修理法」成立(2023年施行)。電子機器の部品・マニュアル提供を義務化
  • 2024年EUが「修理する権利指令」を公布。加盟国に国内法整備を義務付け
  • 2026年2月米国で修理する権利法の制定州が9州に拡大。年内にさらに6州で施行予定
  • 2026年7月EU加盟国の国内法整備期限(7月31日)。ドイツなど主要国で法制化が進行

※公開情報をもとに編集部作成

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米国州法の拡大

米国では連邦レベルの包括的な立法はまだ実現していないものの、州レベルでの法制化が着実に拡大しています。2026年2月末時点で修理する権利法を制定した州は9州にのぼり、さらに6州で2026年中の施行が予定されています。ニューヨーク州のデジタル公正修理法を皮切りに、カリフォルニア州、ミネソタ州、コロラド州、オレゴン州などが続き、対象製品もデジタル電子機器にとどまらず、農業機械、車椅子などの福祉機器へと広がっています。

特に注目されるのは、部品のシリアル認証(パーツペアリング)を制限する規定を盛り込む州が現れたことです。パーツペアリングとは、純正部品であっても交換後にメーカーの認証を通さなければ機能制限がかかる仕組みで、独立系修理業者にとって最大の障壁とされてきました。この制限に踏み込んだ立法は、修理市場の開放を一段と加速させると評価されています。

農業州では、トラクターなどの農業機械の修理をめぐる問題が立法の推進力になりました。収穫期に機械が故障してもメーカーの正規サービスを待たなければならない状況は農家の経営リスクに直結するため、農業団体が超党派で法制化を後押ししています。消費者保護と廃棄物削減の観点から、連邦レベルでの統一的な法制化を望む声も高まっています。

日本の現状と課題

各国の制度を比較すると、アプローチの違いも見えてきます。EUが製品設計規制(エコデザイン)と消費者権利の両面から包括的に制度を積み上げているのに対し、米国は州ごとの立法で部品・情報アクセスの開放に重点を置き、フランスは指数表示という「見える化」で消費者の選択を促す独自路線を歩んでいます。修理という同じテーマに対して複数の規制モデルが並行して試されている現状は、後発国が制度設計を学べる貴重な実験場とも言えます。

日本には現在、欧米のような包括的な「修理する権利」法は存在しません。しかし、関連する制度的な下地は徐々に整いつつあります。スマートフォン修理については電波法に基づく登録修理業者制度があり、総務省に登録した事業者は技術基準適合を維持したまま修理を行うことができます。また、家電製品には補修用性能部品の保有期間に関する業界自主基準が存在し、製造終了後も一定期間は修理部品が確保される慣行があります。

2026年7月には、修理・お直し産業の業界横断団体である一般社団法人日本サステナブルリペア協会(JSRA)が設立され、これまで個別に活動してきた修理事業者の共通基盤づくりが始まりました。修理料金や品質基準の標準化、技術継承、人材育成といった業界課題への組織的な取り組みは、将来的な制度整備の呼び水になると期待されています。

一方で課題も明確です。第一に、修理部品や修理情報へのアクセスを保障する法的枠組みがないため、独立系修理業者の事業環境はメーカーの方針に左右されやすい状況です。第二に、EUや米国で事業を展開する日本メーカーは既に現地法への対応を迫られており、国内外で修理対応の水準に差が生じる「修理ガラパゴス化」への懸念も指摘されています。グローバル市場の規制動向は、日本企業の製品設計・保守戦略に直接的な影響を与え始めています。

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メーカーの戦略転換

法制化の進展を受けて、これまで修理市場の開放に慎重だった大手メーカーの戦略にも大きな変化が見られます。象徴的なのはAppleの方針転換です。同社は「セルフサービス修理プログラム」を開始し、消費者が純正部品と専用工具を購入して自分でiPhoneやMacを修理できる仕組みを整えました。対象地域・対象機種は段階的に拡大されており、正規店以外の選択肢が公式に認められた意義は小さくありません。ただし、部品価格の高さや修理作業の難易度など、実効性への課題も指摘されています。

興味深いのは、修理対応の充実がブランド評価そのものを高め始めていることです。修理可能性の高さを製品の売りにするメーカーが登場し、専門メディアの製品レビューでも分解のしやすさや部品供給体制が評価項目に加わるようになりました。「長く使えること」が製品選択の基準として復権するなかで、修理対応は顧客との長期的な関係を築くマーケティング資産へと変わりつつあります。

他のメーカーでも、修理マニュアルの公開、修理部品のオンライン販売、独立系修理業者向け認定プログラムの創設など、修理エコシステムを自社の管理下で開放していく動きが相次いでいます。規制対応として始まった取り組みが、顧客接点の維持・ブランドロイヤルティの向上・部品販売収益の確保といった経営メリットをもたらすことが認識され、「守りの対応」から「攻めの修理戦略」への転換が進んでいるのが2026年の特徴です。

さらに、修理しやすさを設計段階から織り込むデザイン・フォー・リペアの潮流も本格化しています。モジュール式スマートフォンで知られるFairphoneのような先駆者に加え、大手メーカーもネジ止め構造への回帰やバッテリー交換の容易化など、分解性を高めた製品を投入し始めています。

法制化がリペアビジネスに与える影響

法制化をめぐっては、反対論・慎重論との攻防も続いてきました。メーカー側はかねて、非正規修理による安全性リスク、知的財産や企業秘密の保護、セキュリティの確保などを理由に部品・情報の開放へ慎重な姿勢を示してきました。これに対し推進側は、認定制度や安全基準の整備によってリスクは管理可能であり、修理市場の独占による消費者利益の損失の方が大きいと反論してきました。EU指令や各州法は、部品供給義務と安全性・知財保護の折り合いを付ける制度設計の試行でもあり、その運用実績は今後、日本を含む各国の議論の基礎資料になっていくはずです。

修理する権利の法制化は、リペアビジネスの事業環境を根本から変えるゲームチェンジャーです。第一の影響は、独立系修理業者の参入障壁の低下です。純正部品・マニュアル・診断ツールへのアクセスが法的に保障されることで、これまでメーカー正規サービスが独占していた領域に、地域の修理工房や専門チェーンが参入できるようになります。修理市場の競争が活発化すれば、料金の適正化と修理品質の向上が同時に進むと期待されます。

第二の影響は、新しい周辺ビジネスの創出です。修理部品の流通プラットフォーム、修理事業者のマッチングサービス、修理可能性の評価・認証ビジネス、修理費用をカバーする保険・延長保証商品など、修理を軸にしたエコシステム全体が拡大します。第三に、リユース・リファービッシュ市場との相乗効果です。修理部品が入手しやすくなれば整備済み品の品質と供給量が向上し、リペア×リユースの融合モデルの収益性が高まります。

日本のリペアビジネスにとっても、EUと米国の法制化は対岸の火事ではありません。グローバルメーカーの部品供給網が開放されることで国内の独立系修理業者も恩恵を受けるほか、海外の制度設計は将来の国内制度を占う先行指標となります。規制動向を注視し、部品調達・技術認証・料金体系を先回りで整備した事業者が、次の成長フェーズの主導権を握ると見られます。